ワンフェスが終わっても、まだまだ夏休みがたっぷり残っている、というのも、それはそれで何だかいい感じでは、と。
6,7月と雨がちだったように思うので、8月、ようやく、いかにも夏らしい暑さに、ほっとするような、くらくらするような。
私は、だいたい、8月になると何かしら病気をやっている気がします。
それも、けっこう突発のもので、帯状疱疹やら、ぎっくり腰やら、リンパ炎やら、パニック症候群(これは医者ではなく、私の素人判断ですが)やら、どれもなった自分がびっくり、というやつで。
今年は、なんとか、病気をせずに乗り切りたいですが。
皆様、どうぞお体ご自愛ください。
さて、しばらく熱を上げてた「オタク論」ですが、「予定通り」、モチベーションが突然下がって、「いつもの」尻切れです。
私は、8月に限らず、慢性なのが「4割病」でして、最初のプランニングから、だいたいスタートして4割くらいまで、気の狂ったような熱中をするのですが、それである程度かたちが見えてくると、いきなり・・・。
だめだめですね。
いわゆる「死なないと直らない」というやつでしょう。
ワンフェス2008年夏が終わり、私は行ってもいないのですが、勝手に、「こうか?」と受け止めている部分があります。
(いつもの勝手な思い込み。これも死ぬまで・・・)
で、もはや、状況はどんどん進んでいるな、と。
それで、もはや「オタク論」でもないか、と。
あの6月の通り魔事件以来、秋葉原の歩行者天国はまだ中止されていると思いましたが、それを求める需要は、まだまだ高い、これからも高くなるでしょう。
だったら、ワンフェスもまた、「アキバのホコテン」的なイベントになっていっても、それは求める側の当然の流れかと。
一方、すでにご存知のとおり、秋葉原のホビー系ショップ等は、また淘汰の波が来たところで、方向がどちらかといえば、縮小なのでしょう。
もちろん、「グッドスマイル・ねんどろいどの○○、初回○○万個、瞬殺!」といった記事は、今後も各有名ブログをにぎわすでしょう。
しかし、それらのコンセプトは、どちらかといえば買いやすい低価格の、キャラ立体完成品、ということで、当然、模型ホビーではないです(それは当然のことで、別にぜんぜん悪いことではありませんが)。
ガレージキットという、実際には模型ホビーの要素の強い商品は、どうなのか。やはり売れずらい、となるでしょうか。
しかし、イベントにディーラー参加、というかたちで、若い、新しい人が入ってくるには、準備する商品のかたちは、ガレージキットのほうがやりやすいですからね。
販売用に、同じコンディションの完成品を量産する、というのは、ガレキよりもはるかに大変でしょう。
だから、ワンフェスの、ワンダーショーケースという企画などは、むしろこれから、重要性が高まるでしょう。
全体としては弱含みの流れなか、それでもそこに参加しようとする人、特に若手などであれば、なにかのすがる杖として、「権威」「権力」のありげに見えるものに頼りたい、という気持ちになるのは、もはや仕方がない、と思うのです。
私自身は、いっさいの「権威」が、感情的に嫌いなので、ワンダーショーケースも、そのスタートから否定的(というより、いう機会があれば、感情的にけなしている)のですが、もはやこうなったら、これからは、そういう人々の「精神的支柱」になるべきでしょう。
そうなったら私などなにをかいわんやで、ひたすら謹慎、沈黙いたします。
今回のエスカレーター事故にからめて、次回ワンフェス開催が危ない、的なことをいうのは、まったく先走りすぎですね。
確かに、イベントとして、すでに「臨界点」を越えている、つまり、中身が何をやってようが、とにかく「夏休みのイベント」として何万人か来る、というレベルに入っているので、海洋堂さんは名前貸しだけで他の業者がやり、でも別にビジネスとしてはかまわない。
やることはなにか、アニメやらのからみで考えればできるでしょう。
しかし、これまで、海洋堂さんが「自主的に」振り回していた権威ぶり(これも、私の悪意のこもった書きかたになっていますが)、それが本当に、状況から必要とされるのは、「どうしても模型ホビー的な要素の商品である、ガレージキット」が、逆流のなかで立たねばならない、これからだと思うのです。
それに、事故の責任者は、ビックサイトの管理者であって、だったら、東京都なのではないでしょうか?
それが、被害者であるほうの「オタク連中」が悪い、というのは、すごい展開だと思いますね。
各マスコミの人は、それで本当に、なにも感じないのか、と・・・そういった驚きを感じるのはこれが最初ではありませんが・・・。
いやはや、夏の挨拶と言い訳で終わりのつもりが、例によって愚文をだらだらと。
どうにも、大変失礼いたしました。
- 2008/08/07(木) 17:53:19|
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本日より、商品発送の荷物に、お知らせの紙を入れますので、どうぞ宜しくお願いいたします。
内容は、「ID、パスワードをご利用の常連様へ」ということです。
といいますのは、少し前、いつもID、パスワードをご利用でご発注くださっている常連様より、「先の取り置き品と同送を希望する」というチェック・ボックスとやらは、どこにあるのだ?というお尋ねをいただいたからです。
そう、「つい、そこにあるから気がつかない」というやつで、ID,パスワードで発注を進めてしまうと、通常のご注文フォームを見ないで、そのまま「発注」までいけてしまうので、気がつかない、ということがありえると・・・・当方も、言われて「あっ、そうか」と気がついた次第です。
ですので、日時指定や、その、「先の分と同送を希望」とか、備考にコメント(直接来店、とか)の指定をする場合は、一度、「入力内容を変更する」ボタンを押してください。
すると、画面が通常のご注文フォームに変わりますので、そこで、必要なご指示を入れていただき、「確認」を押して進めてください。
と、そんなことをご説明したビラです。
すでに、HPの「お知らせ」には、いつもの泣き言と言い訳を、早々に並べてあります。
8/3はワンフェスの影響により、当方、いつもよりさらに能力ダウンで、買取持込などは、できれば他の日にお願いいたします。
場合によっては、「お預かり」の形で、当日結論までいかないこともありえます。
また、8/2(土)は、定休です。
さて、ワンフェスですか・・・。
今日当たり、荷物の発送ですね。
- 2008/07/30(水) 16:49:15|
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すでに少し品だししましたが、トミカとチョロQ、けっこうまとめて入荷しました。
訳有り、というか、知人の業者さんの投げ分ですね。
ですので、通常の買取で、お客様からトミカやチョロQが買取できるかというと、それはまだ、難しいです。すみません。
いずれ、そのジャンルのお客様が、当方に気がついてくれるようになれば、ですから、いつになるやら。
いざ、商品が入ってみると、ようやく勉強する気もおきて、秋葉原の他店様のトミカコーナーをのぞいたり。
なるほど、これはこれで面白いジャンルではありますが、これでまた「個人的趣味」を広げても、いいかげん無意味もいいとこなので、趣味と仕事は別で(あたりまえですが)。
まあ、あまり考えずに、機械的に6掛け(4割引き)近辺で出してしまうつもりです。
では、明日、7月26日(土)は、定休いたします。
今回は、ワンフェスが8月3日だそうで、もう、直前なのですね。
- 2008/07/25(金) 15:54:15|
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さて、このテーマ、「オタク論上のマニア」は、なかなか興味深い問題だと思っております。
といいますのも、深追いするのは後日にするつもりですが、すでに世に問われている、高名な先生方の各オタク論、そのどれも、この部分が弱点だと思うからです。
と、自信満々ですが、実際に買って読んでみたのはオタキング(元)・岡田先生の作品くらいです。(「オタクはすでに死んでいる」で、たしか、「みんなが愛していたオタキングも死んでしまった・・・」とかいった詠嘆が書かれていたと思いましたので、一応、(元)にしましたです)
別の先生の、「戦闘美少女」とか面白そうでしたし、ほかにもオタク文学なんだったか、文庫本で、表紙のたてよこよりも幅(厚み)のほうが長いんじゃないか、と思えるようなやつなど、へぇー、すごいなーという作品がいくつもあるのでしょうが、自分ではとても読みきれないだろうな、と。
立ち読みでぱらぱらしただけで、さも分かったように書いています。ご注意ください。
さて、話を戻して、では、「マニア」とはどういうことなのか?なのですが・・・。
私のへぼへぼ定義によれば、自分を積極的に「語り」出して、それを自己讃美、自己正当化するようがんばるとなれば、それはすでに「オタク」である、ということになりますので、なかなか、「これがマニア」という例を見つけるのは、難しいのです。
しかし、偶然ですが、昨年ですか、本屋で見かけて「これだ!」と思って即ゲット(懐かしいセリフで・・・お宝ゲキヤバですよ、やっぱり)した本があり、この本が、実は今回のワタクシの愚論の、愚論と承知でもいずれ書いて、さらしてみよう、と思った「軸」なのです。
その本は、講談社文庫の、森博嗣(もりひろし)著、「悠悠おもちゃライフ」という本で、雑誌「ラピタ」の連載の後、2006年に単行本、この文庫版は2007年の発行とあります。
で、それをまた引用したいのですが、かなり個性的なので、いきなり引用(それは、筆者の論を、さらにワタクシの都合でぶった切ったものですし)するのもなんでしょうか?
この作者の森先生は、世間的にはミステリー作家として有名なそうで、私はミステリー(推理)ものはどうも・・・特に本格ものになるほど、自分のオツムの都合で、ついていけなくなるもので、ですので、その方向では書き足せるネタがないのです。残念。
また、ミステリー作家になる以前から、もともと理系(コンクリートの専門家)の先生として、博士である、ということで、また、文中の行間から勝手に思うに、そもそも資産家の一族であった(すくなくとも、ただのプロレタリアートの一族ではなかった)ような感じも(私の勝手な偏見ですが)受けます。
で、そういったもろもろのことで得たゆとりで、自宅の庭にライブ・スチームの鉄道を敷いたり、自分用のおもちゃ館を作ったりして楽しんでおられるのです。
そういう人が、自分の趣味、「道楽」という言葉もぴったり来る感じですが、について書いたものです。
では、引用しますと、
「連載を引き受けた当初は、「ラピタに写真を載せるために買ったんだよ」と、奥様や税理士に言い訳できるな、とほくそ笑んでいたのだが(実際にほくそ笑む人はいないと思うけど)、実のところあまり変化はなかった。つまり、写真に撮るために(人に見せるために)おもちゃを手に入れることは邪道であるし、そういったことを僕はしない、ということがわかった。どちらかというと、人にあまり見せたくないものの方が多かったりする(いやらしいものではないが)。
自分一人で楽しむことは、それなりに難しいことかもしれない。ついつい周囲が気になるものだ。知らず知らずのうちに見栄を張ったり、人からなにか言われると、もの凄く気になったりする。趣味には、できるかぎりそういった社会性を持ち込まない方が良い、というのが僕の考えである」
「いつもは自分一人でこつこつと作り、静かに密かに遊んでいるのだが、あるとき、ふと誰かが遊びにきて、似た趣味の経験を持っていたりして、数時間おもちゃ談義になることがある。まあ、1年に1度か2度程度が良いだろう」
そして、この引用は前書きの一部分なのですが、あとは、各章で、いろいろおもちゃを取り上げて書いているエッセイ集です。カラー写真も豊富に入っています。
当然、こういうスタンスの方ですから、「ご自慢の」といっても、なんのお宝ウンチクも仰天の由来もない、「自分がいいと思っているだけ・・・」というブツが主体ですが。
その中で、私が一番感銘を受けたのは、鉄道模型です。
といっても、台車と、多分、一応は動力部もあるようですが、はなにかのメーカー・パーツの流用で、車体は木製のいかにも手づくりのものです。
これが4種類並べた写真があって、解説に
「数年前、骨董市で見つけて購入した鉄道模型。誰が作ったのかはわからないが、その人が亡くなって売りに出されたのだろう。全部で40両ほどあったが、残念ながら、手持ちの現金では、これだけしか買えなかった。粗末で質素、どれも微妙に歪んでいるけれど、デザインの統一感があり、またほかにはない独特の味がある。模型の目指す究極はこれだな、と感じた逸品である。」
とあります。
うーむ、私は、いろいろと思わされることがありました。
なお、その写真自体の引用は、いたしません。
もし、これで「釣られ」て、この「悠悠おもちゃライフ」という本の実物を探そう、という方がでれば、引用させていただいたお礼が幾分でもできますから。
で、私も、その「鉄道模型」に魅せられました。
正直、稚拙というべき工作で、素材感(この場合は、木のきれはし、角材らしさといったもの)がはっきり残っているのですが、それにまた、形式化しているディテール(例えば、リベット表現があるにしても、それが「リアル」とは言いがたいものであるわけです・・・いや、しつこくなりますが、それはそれで「リアル」にも見える、ただ、「アキュレイト(正確)」なものではない、ということです)がつけられていて、ニス仕上げのようなつや有りの作品になっている。
そもそもが、今ではジャンルとしてはっきりありますが、短縮ディフォルメされたデザインで、稚拙な木工作品、しかし、「アキュレイト(正確)」ではないが、ディテールが造りこまれている、そしてペイントの上にニスのような仕上げ、という、ミニチュアとしての統一した形式をもっているのです。
またこの、「歪んでいる」、つまり、きちんとした、そのもののあるべき完全な状態ではなく、崩れている、あるいは、「(わざと)崩されている」という状態。これはまた、後日、テーマにしたいネタであります。例の、村上隆先生のオタク作品についてで・・・。
うむー、確かにすばらしい!と思ったのですが、いっぽう、考えさせられる部分も・・・。
これらが、骨董市で、「手持ちの現金ではこれだけしか買えなかった」というからには、案外な高値がつけられていたのかも。
で、こういう方向性での「価値」というものは、現段階では、ほとんど理解を得ていないと思いますので、実際にこんなものを作る大人は酔狂な変人だけだろうし、それを骨董屋にぼったくられてまで買おうなどというのもごくごく少数の好き者程度のものでしょう。
でも、だから良いのかもしれません。
これが「お宝」として認知でもされようものなら、もし、「欲しい」などという人がいくらかでも増えようものなら、フィギュアの二の舞、ヤフオクを見れば一人で何百点も出品していて、「海外からEMSで送ります。正規品(ホビー系でない方に一応補足いたしますと、これらは全てと言っても良いレベルで、コピー品です)」と書いた出品で埋まることになるでしょう。
もちろんこの鉄道模型などは、版権キャラものではないし、別に海外で作られて悪い理由は、なにひとつないですね、考えてみれば。
あるいは、そこに、ほんとうに、「これは!」という玉が見つかるかも?
ケチ臭く考えないで、良いも悪いも含めて、とにかくどーんと増えるのはいいことだ、と思うべきなのか。
ああ、これはちょっと、書いたはいいが、まるで結論がでなくなってます。すみません。
さて、「マニア論」から、いささかさらに個別のことに話がずれてしまいました。
でも、いかがでしょうか?
これまでの「オタク」像とは、かなり異質な部分を感じていただけますなら、幸いです。
次回(しつこい!)、実は、こういう「マニア」に、腹が立ってならないのは、そのとなりにいる「オタク」氏なのでした。そのことを・・・・。
- 2008/07/20(日) 16:49:20|
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また前回から続きます。
前回、1984年の、MG誌創刊号を取り上げましたが、たまたま、同じく1984年のHJ誌があるので、比べてみるとどんなものかと。
見ているのはHJ誌の1984年8月号です。
表紙はSF3Dオリジナル。
また、前回MG誌創刊号で取り上げた、加藤純さんという方が、こちらでは「内乱の惑星ゼノ」という記事をやっておられて、このころにずいぶん活躍された方のようですね。
なお、両誌ともに、注目すべきは、ガンダムの記事はひとつもない!ということです。
1981、82年に、あの第1次ガンプラブームがあった後なのに!
つまり、それらは単なる流行で、終わってしまえばそれまでの、もう過ぎた話、という認識だったのでしょう。
ガンプラですら、この扱い。
キャラクター・モデルがホビー誌のメイン・コンテンツになるなど、このころはまだ考えられないことだったのです。
さて、私のへぼへぼオタク論の主題である、マニアとオタクの差違、そして、ホビー・ユーザーの主体はマニアからオタクへと移っていったこと、それがこの1984年のHJ誌では、どう出ているでしょうか?
ちなみに、MG誌創刊号では、そのことが、100パーセント肯定的に、これからはそれが正しいと、万人が認めるべき認識なのだ!と「宣言」されていたのだと、私は思っております。
ではHJ誌では?
この号では、「モデラーのための見栄講座」という特集記事が載っています。
これはもちろん、当時流行したホイチョイプロダクションの「見栄講座」のパクリ企画ですね。
では、これもちょっと引用させていただきますと、
「なんとかして努力せずに他人から絶賛されるようなモデルを作りたいあなた!
そうあなたのような「ミーハーモデラー」のために、この「見栄モデラー講座」は存在しているのです。
あなたのようなミーハーモデラーは決して少ない存在ではありません。いえ、いまのモデラー界では多数派をしめているといってもいいでしょう。
「カッコいいフィギュアを造ってコミケでハクいギャルをひっかけよう」
「エルガイムは全可動に改造しなくっちゃナウくないもんね」
「ネンド怪獣をシリコンで量産して、一山当てて有名になろう」。
いまやこれらのミーハー・モデラーが主流であり、時代のニーズそのものなのです」
死語もかなり含まれていますが、そのまま引用しました。
ここで私が感じるのは、最初から思い切って大上段に構えているMG誌に比べて、変化に対して「まあ、そりゃ、知ってはいるけどさ・・・」とぐずぐずしている思い切りの悪さでしょうか。
それはもちろん、当時新参のMG誌に対して、すでに10年以上やってきていたHJ誌ですから、なにか、新しい潮流があらわになった時、それのアラのほうがどうしても見えてしまって、今さら今後はそっちをやれ、といわれても、つい、諧謔というか、韜晦というのか、「なんてね、てへへ」というテレが出てしまうのは、分かる気がします。
ところで、HJ誌といえば巻尾の広告ですが、この号の広告のなかには、キンダートーイさんという当時の大手小売チェーンさん(どうも現在は、少なくともホビー店としては、もう営業されていないようですが)の広告があります。
マンガで、女の子のレポーターが店内に入ると、
「望月演出はすばらしい!「私のMr.ドリーム」を見てぼくは泣きましたよ!」
「ぼくは「カモノハシ」は好きだけどローディストじゃないやい!」
「ゼ○プロの岡Dさん、たまに店に来ますね」
「キャプテン、少数の必要より多数の必要をみたすべきです」
等等の「マニアの会話」が充満していて、
「ひょっとすると、お客さんはマニアばっかりですか?」
と女の子が質問すると、店長さんが
「そうです。えっへん(えばるな!)」
と答えてオチ、でした。
私はこれらのセリフはほとんど分からなかったので、それぞれネット検索すると、その当時の有名なネタであると、初めて知りました。へえ、というもので。
こういう、トリビアな知識を調べるには、ネットほど効果的なものはないですね。
また、「美少女ガレージキット」と呼ぶべきものの広告がざっと見て、メーカーで6軒ほどもあります。
このころ、最初のブームがあったのでしょうか?
さて、こうして時代の必然として進む「マニア」から「オタク」への流れ。
次回は、では、「マニア」はどういう人なのか、を、ワタクシの偏見にて。
(どのみち全て、私の妄想と偏見なのではありますが・・・)
- 2008/07/15(火) 18:15:42|
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